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Vリーグ機構、バレーボール・オリンピアンとともに「有明アリーナ」建設を求める嘆願書を提出

2016.11.08

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 公益財団法人日本バレーボール協会(JVA)は、一般社団法人日本バレーボールリーグ機構(Vリーグ機構)、バレーボール・オリンピアン有志とともに2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会の競技会場として「有明アリーナ」の新設を要望するための嘆願書を、本日11月8日(火)に小池百合子東京都知事宛(※1)に提出いたしました。

 

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 嘆願書の提出に先立ち、木村憲治JVA会長、嶋岡健治Vリーグ機構代表理事会長、そして1964年東京オリンピックから2012年ロンドンオリンピックまでのオリンピック各大会に出場したバレーボール・オリンピアン14名が、岸記念体育会館(東京都渋谷区)にて記者会見を行いました。

 

 会見の冒頭、木村JVA会長は「『アスリートファースト』を実現し、選手が最高のパフォーマンスを発揮できる最低限の施設(※2)が必要。『先行投資』という部分も念頭に入れた議論を今後進めていただきたい」と訴えました。続いて嶋岡Vリーグ機構会長が「若い世代が夢と希望を持つことができる、まさに『レガシー』と言える施設を新たに建設していただきたい」と語りました。その後、1964年東京オリンピックに出場し、現在はV・プレミアリーグ女子の日立リヴァーレで顧問を務める菅原貞敬さんを皮切りに、14名のバレーボール・オリンピアンが有明アリーナの建設を求める意見・思いを語りました。

 

◆木村憲治 JVA会長

「東京オリンピックの招致プランでも掲げておりました『コンパクトなオリンピック』を実現するためにも、選手村から近い場所に競技会場を用意していただくことを要望いたします。また、2020年以降にはバレーボールの『聖地』となるだけでなく、数々のスポーツの『シンボル』となり、競技の発展に貢献する『レガシー』(=有明アリーナ)が必要であると考えております。

先般、建設にかかるコストや大会後の利用に関する議論が先行しておりますが、すでにバレーボールの大会を含むイベントでの後利用については東京都と検討を進めておりますし、コンサートなどを開催できるように床材などに関する議論も行っております。そして、『先行投資』という部分についても議論に加えていただければと思います。有明アリーナ建設予定地は東京の中心で羽田空港に近く、世界的にも稀有な好立地であると言われています。東京が世界の大都市総合ランキングの文化交流部門で後れを取っている原因にスポーツやコンサートなどが開催できる大型施設が少ないことが挙げられるそうです。スポーツやライブエンターテイメントの発達・成長のためにも、有明アリーナに『先行投資』を行うことも併せて議論していただきたいと思います」

 

◆嶋岡健治 Vリーグ機構代表理事会長

「バレーボール競技が初めて採用された1964年の東京オリンピック当時、私は中学3年生でバレーボールを始めて2年くらいの時でした。『東洋の魔女』が金メダルを獲得したときの様子をテレビにかじりついて観ていました。大変感激し、『駒沢オリンピック公園総合運動場 屋内球技場(以下、駒沢体育館/※3)のコートで試合がしたい』と思いながらバレーボールの鍛錬を重ねました。大学生になって初めて駒沢オリンピック公園総合運動場のコートに立った時は脚が震えるほどでした。当時の若い選手たちの憧れの場所が『駒沢』だったように、有明アリーナが2020年の東京オリンピックの競技会場として採用されれば、試合を観戦して感銘を受けた子どもたちに『バレーボールをやりたい』と夢を持ってもらえると思います。また、スポーツに限らず(文化的な)イベントでの利用も含めて、有明アリーナを中心にさまざまな分野の活性化が期待できると思います」

 

◆菅原貞敬さん 1964年東京大会出場

「東京大会で銅メダルを獲った1人として活躍できたことを誇りに思っています。若い頃、有明にある屋外バレーボールコートで大学や実業団が試合を行っていたのが印象的で、その地に新たに有明アリーナが建設され、2020年の東京オリンピックの聖地となることに非常に喜びを感じています。当時は屋外コートでしたが、有明の聖地で全日本チームが戦うことがアスリートOBとしての願いです」

 

◆千葉(松村)勝美さん 1964年東京大会、1972年ミュンヘン大会出場

「本日この席に出席すべき立場であった河西昌枝さんから譲り受けた服を身に付けて出席いたしました。河西さんの思い、事情があり出席できなかったほかの先輩や後輩の思いも背負ってお話しいたします。有明アリーナを建設いただき、1万5000人の応援の中で選手がプレーしてメダルを獲ることを、(東洋の魔女のメンバーの)皆が強く願っております」

 

◆田村(篠崎)洋子さん 1964年東京大会出場

「1964年の東京オリンピックでは駒沢体育館が建設され、選手たちは大会開幕の1カ月前にそこで練習をしました。『回転レシーブ』の練習で床の感触を確かめたり、天井のライトを確認したりしながら、『これからここで戦うんだ』と思いました。何の心配もなく練習だけに集中できたことは皆さんのお陰です。『バレーボール会場=駒沢体育館』であったように、4年後には『バレーボール会場=有明アリーナ』と思っていただけるように心から願っています」

 

◆内田(藤本)佑子さん 1964年東京大会出場

「1964年の東京オリンピックでは多くの人々にお世話になっていたことが、(連日の有明アリーナに関する報道を通して)今になって分かるようになりました。金メダルを獲得することができたことは宝であり、今でも誇りに思っています。1964年以降の大会でも(後輩たちが)メダルを獲得しこの誇りを引き継いでくれたことが、今のバレーボール競技の発展に繋がっていると思います」

 

◆小泉勲さん 1968年メキシコ大会出場

「1964年の東京オリンピックの後、大学、社会人、全日本男子の選手として駒沢体育館で試合を行ってきました。『この場所で(1964年に)世界のトップ選手が戦ったんだ』ということが、メキシコオリンピックでの銀メダル獲得に繋がりました。こういう気持ちを有明アリーナで1人でも多くの方に持ってもらい、多くの選手を輩出できればと思います」

 

◆和田(岩原)豊子さん 1968年メキシコ大会、1972年ミュンヘン大会出場

「2020年に再び東京でオリンピックが開催されるということで、(1964年に)東京で私が見た夢のように、若きバレーボーラーが有明アリーナという素晴らしい場所で『バレーをしたい、バレーを観たい』という夢が叶うよう、ご協力お願いいたします。選手も応援する人も同じ気持ちだと思います」

 

◆神白(飯田)高子さん 1972年ミュンヘン大会、1976年モントリオール大会出場

「大学生のとき、『(1964年の東京オリンピックの競技会場だった)駒沢体育館で自分がプレーしたい』という目標があり、その結果、ミュンヘンとモントリオール、2つの大会に出場することができました。駒沢体育館は当時の中学生、高校生、ママさんたちの憧れでした。有明アリーナがこの先20年、30年、50年と、バレーボーラーが夢を抱く場所となるよう、どうか建設にご協力をお願いします」

 

◆小田勝美JVA男子強化委員長 1976年モントリオール大会出場

「1972年のミュンヘン大会で全日本男子が金メダルを獲得しており、(その次の大会に出場する自分は)国民の期待や国代表の責任を感じ、プレッシャーがあった。ここ数年の間に男子強化委員長として接した将来有望な選手たちは、有明アリーナのイメージ写真を見て、全日本チームのメンバーとして2020年の東京オリンピックに出場したいという志を持ったはず。選手たちの『有明アリーナでメダル獲得』という夢を実現させていただきたいです」

 

◆田村(前田)悦智子さん 1976年モントリオール大会出場

「1964年の東京オリンピックのときは中学1年生。テレビで先輩方が胴上げされている姿を見て、自分もバレーをやりたいと思いました。その思いを持ち続けて、モントリオールオリンピックでは金メダルを獲ることができました。スポーツには学ぶことが多くあります。1人でも多くの方に生でバレーボールを観てほしいです。有明アリーナは羽田空港に近いこともあり、全国から直ぐに来れるので立地にも恵まれています。皆さま、ご協力お願いいたします」

 

◆荒木田裕子JVA女子強化委員長 1976年モントリオール大会出場

「2020年のオリンピック・パラリンピック招致の際にスポーツダイレクターを務め、国際バレーボール連盟(FIVB)の役員に有明アリーナの全体像についてプレゼンいたしました。一同、1万5000人が収容できる施設の建設に期待を寄せておりました。国立代々木競技場第一体育館、日本武道館も前回の東京オリンピックの際に建設され、50数年経った今でも大事に使われています。さらにこれらの施設はこの先50年も使い続けることができる施設です。それが大会招致のときの私たちの誇りでもありました。有明アリーナは日本中のオリンピックを夢見るアスリートに『100年先もあそこでやりたい』と夢を抱かせ、また、多目的ホールとしては様々な人の夢が実現する場所となります。有明の地はレガシーを引き継ぐには最高のロケーションです。ぜひ建設を進めていただきたいと思います」

 

◆大竹秀之さん 1992年バルセロナ大会出場

「中学生からバレーを始め、全日本男子チームに12年間、またその後は全日本男子チームでコーチも務め、人生の半分以上をバレーボールに費やしています。私の娘(里歩選手/デンソーエアリービーズ所属)と息子(壱青選手/中央大学在学中)もその道を歩んでくれています。有明アリーナという最高の舞台で、最高のプレーを見せてくれることを期待しています。現在私は選手の発掘育成にも関わっていますが、子どもたちの憧れや夢へと繋がり、全国大会や国際大会が開催できるような素晴らしい施設として、有明アリーナの建設を進めていただければと思います」

 

◆中垣内祐一全日本男子新監督 1992年バルセロナ大会出場

「有明アリーナという1万5000人収容の体育館がようやく東京にもできる―これは世界のバレー界も待ちに待っていたことだと思います。スポーツに限らず、文化でも世界に挑戦できるようなアリーナが建設できるのではないかと思います。日本・東京にふさわしい技術の粋を集めた施設にしていただいて、さらには『世界の有明アリーナ』になるような挑戦、という考えもあるのではないでしょうか」

 

◆福井(佐伯)美香さん 1996アトランタ大会、2000年シドニー大会、2008年北京大会出場

「自分自身2回目に出場した2000年のシドニー大会は、ビーチバレーボール選手として参加しましたが、競技会場が選手村から遠く、競技会場近くのホテルに滞在していました。選手たちにとって、オリンピックでは外国選手と交流したり、生活を共にしたりしながらコミュニケーションを図る場でもあります。(シドニー大会では)それが経験できず心残りのあるオリンピックであったと今では思ってます。有明アリーナは、未来のバレーボーラーだけでなく様々なスポーツ選手の憧れになります。ぜひ建設をお願いします」

 

◆井上香織さん 2012年ロンドン大会出場

「ロンドンオリンピックでは、選手村からバレーボールの競技会場まで1時間30分かかることもありました。ベストの状態でパフォーマンスができるということは、選手たちにとって非常に重要です。有明アリーナの建設予定地は選手村から徒歩圏内にあると聞いており、これは選手にとってプラスなこと。こうした観点からも、有明アリーナを作って欲しいと思います」

 

( )カッコ内は旧姓。

 

 JVA、Vリーグ機構、そしてバレーボール・オリンピアン有志は、今後も継続的に実施される東京都、日本国政府、大会組織委員会、国際オリンピック委員会の4者協議等を経て、最善の結論が導き出されますことを切望いたします。

 

 なお、JVA、Vリーグ機構、バレーボール・オリンピアン有志代表が本日8日(火)に小池百合子東京都知事宛に提出した嘆願書は、下記関連リンクよりご覧いただくことができます。

 

※1…東京都庁での嘆願書提出の場では、塩見清仁東京都オリンピック・パラリンピック準備局長にお受取りいただきました。

※2…FIVBが基準として定める、1万5000人の観客を収容し、ウォーミングアップコートを2面ほか、必要諸施設を確保できる施設。

※3…1964年東京オリンピックのバレーボール競技会場であった駒沢オリンピック公園総合運動場の「屋内球技場」は2014年5月25日をもって閉館し、現在は約1,600名を収容する体育館への改修工事が行われています。

関連リンク

2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会 バレーボール競技会場建設を求める嘆願書

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